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ネオギャラクシー
2006年09月25日 21時34分
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IP: 61.23.12.85
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四つの時と永遠の星 新しくスレッドを立て直すと同時に全文改訂実施
〜ご案内〜
初めましての方は、プロローグまで飛んでしまって構いません。
別スレで『四つの時と永遠の星(四星)』をご覧になったことがある方は、 こちら↓のスレの第2・第3回投稿分をご覧になってください。今回の行動の理由を記述してあります。 (新しい銀河を見つめて) http://pawaboard.zapanet.info/board/54_12262.html
プロローグ
ある中学校にて、大会前のある日。 ひとりの少年が野球部のグラウンドに足を踏み入れる。 その日はレギュラーの発表日だ。当然、彼は選ばれる期待をもってやってきている。 彼は投手で、自分の実力にそれなりの自信を持っていたし、何度か対戦したチームメイトも ほとんど打ち取ってきた。打たれたことがないわけではないが、マグレと言っても差し支え ない程度だ。 そんなため、今日は部活に参加した彼であったが―― 周りから向けられる視線はいいものではない。ヒソヒソと話す声が聞こえるが、その 内容は彼に対するもので、とてもいいことを言っているようには聞こえない。
(…………)
やがて、監督が来ていくつか話をしたのちに、レギュラー発表が行われた。 しかし、彼の名前は呼ばれず、彼は唇を噛み締め、拳を強く握り締めることしかできな かった。
帰り道、彼の耳に話し声が聞こえてくる。
「アイツ、やっぱり選ばれなかったな」
「ああ、星澤(ほしざわ)か」
彼――星澤一彦(かずひこ)のことだ。
「選ばれるわけないだろ、アイツが」
「まあ、腕はそこそこあるみたいだけどな」
「今さら来ても遅いというか、元々無理というか……」
星澤はそれ以降は聞く気になれなかった。 星澤は、いわゆる不良というやつだった。親しくしている連中も、全員が学校側から マークされているような者ばかりだ。もちろん、星澤もだが、少なくとも彼がやることは そこまでひどくなかった。星澤ひとりでやることといったら遅刻、早退、サボリがいい ところだ。それも、人の迷惑にならない範囲だ。サボリによる、教師に対しては別だが。 それに、仲間の行き過ぎた行為を抑止しているのも彼だ。要は注意をしているわけだが、 星澤の言うことには不良の誰もが納得し、慕ってもいた。
(あいつらを……見捨てられっかよ)
しかし学校側、および一般生徒はそんなことなどお構いなしに星澤にも不良のレッテルを 貼り付け、敵視していた。 また、いろいろな関係の付き合いもあってか、部活にあまり出ていなかったこともあり、 部内でも星澤に対する印象は最悪だった。
(何なんだよ……)
「腕がそこそこある」と言っていたのも、本来は間違いだ。とても敵わないはずだが、 印象のせいかそこまで評価が貶(おとし)められているのだ。 仲間は「部活なんて辞めろよ」と言っていたが、星澤は野球が好きだった。どんな日でも トレーニングは欠かさなかったし、行ける時は必ず部に行ったものだ。 それでも、少な過ぎた。 この3年――正確には2年か――、同じような思いをしてきて今度こそは、と思っていた 星澤だったが、成果はなかった。
(不良は試合に出さない!? そんなに体裁が大事かっ!)
ゴンッ! 人に見られぬ場所、聞かれぬ場所で、星澤は拳を叩きつける。 今拳を自分の意思でぶつけたように、野球部での結果も自分の行いで壁にぶち当たったと 言えなくもない。 だが、星澤はそうは思わなかった。自分ひとりでしてきたことは、基本的に他人の迷惑に ならないこと。なら、それを貫いて何か『復讐』ができないか……。 様々な思いを巡らせ、空を見上げたあと、彼はひとつの決心をして、家に向かって走る。 ロードワークの一環でもある。 それまで彼の視線の先、空にあったのは――。 西の空にひときわ明るく輝く、一番星だった。
別地域での夏の大会。 ある会場内に、快音が響く。観客の歓声が大きくなり、全員打球の軌道、行方を見つめる。 打ったバッターは右バッターで、打球は『流し』方向である右へと飛んで行き、ホームランと なった。同時に、今日1番の歓声が、バッターに送られる。 観客のほとんどは、見に来たものが見られて大喜びだ。見に来たものとは、そのバッターが 放つ、右方向へのホームランだ。 それは有名なホームランで、名前まで付けられていた。 『流れ星』、と。
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ネオギャラクシー
2006年09月29日 19時11分
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IP: 61.23.13.64
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第一話「入学式直前」 年度が明けて、春。 真新しい制服に身を包んだ4人の少年が、この日から通学することとなる学校へ向かって いた。
「とうとうオレたちも高校入学か。勉強にも気が抜けなくなるな」
「まあ、学力では有名な高校だからな。そうなんだろ、冬森」
「うん。かなりレベルが高くて、卒業生が行くのも名の通った大学ばかりだよ」
「とは言っても、結局野球が楽しめればいいんだけどね」
「緑崎(みどりさき)はさすがにそういう高校なだけあって、部活動に力を入れていない からね。愛好会と言っても差し支えないようなものだから。自由で、本当に楽しむには もってこいだよ」
どうやら、冬森と呼ばれた男は入学前からこれから行く学校のことはともかく、野球部の 活動まで知っているらしい。 緑崎とは、彼らの入学した緑崎学園のことで、少なくとも簡単に入れるような高校では ない。この学校に入ったからには、卒業後の進路は半端なものでは許されない。ここの 卒業生はほぼ全員が一流、あるいは目的を持ったそれなりの大学に、後者の場合はかなりの 成績をもって入学しているエリートたちだ。 しかし、そんな学校でも勉強だけやらせているわけではない。夕方までは授業や小試験が 詰まっているが、それ以降はまったく縛っていない。部活でも何でもできるわけだ。 ただ、やはり息抜き程度にしかならないのだが。
「そうでなくっちゃ、苦労してここに来た甲斐がない」
「受験もそうだったけど、上からの誘いを全て断るのには時間かかったからなぁ」
「そうだな。その分、これから楽しもうぜ」
「うん。あ、ねえ、見えてきたよ」
指さされた先には、一流大学への階段と称されることもある、緑崎の正門が構えていた。 それだけなら荘厳さをかもし出す重々しい門だが、その両脇に立ち並ぶ緑――常緑樹が、 適度に雰囲気を和(やわ)らげている。 その効果もあったが、別の理由から、彼らの表情は期待に満ちていた。新しい学校生活。 そして、新しく、また彼らの理想そのものである部活動……。
「さて、クラスはどうかな?」
彼らは、クラス分けの確認のため、歩の速度を速める。そして――。 新しい舞台に、各々の一歩を踏み入れた。 忘れられなくなる3年間の、第一歩を。
名簿が張り出されている。このあとに式があるわけだが、クラス分けを見てから行く ことになっている。
「えーと、お、秋岡(あきおか)は1組だね」
1組の名簿に秋岡仁(ひとし)とある。
「2組には春谷(はるたに)がいるな」
2組に春谷瞬(しゅん)とある。
「3組には……冬森(ふゆもり)がいる」
冬森彰(あきら)とある。
「4組は……あいつがいる。でも他にはいないね」
言ってすぐ5組に目を向ける。
「いた、夏川(なつかわ)」
夏川透(とおる)とあった。
「5人見事にバラバラだな。まあ学力順ってわけじゃないから仕方ないか」
4人頷(うなず)き合う。
「さあ、式場に行こうか」
4人は式場の方へと向かっていった。
数分後、ひとりの男が名簿の前にやってくる。
(俺は……)
1組から順に追っていき、ようやく彼は自分の名前を見つける。そのクラスの段の中段 付近だった。
(4組か)
そして軽く名簿に視線を巡らす。
(知ってる名はないな。当然か)
彼は同じ中学だった者がここに来ているかどうか知らないし、それを知っていてもその 人物の名を知っているはずがなかった。それに、同じ学校だった人間がいても彼にとって 別にどうこうというわけではなかった。
(さて、行くか)
彼がその場を去ろうとする。と、そこで女生徒の声が彼の耳に入ってきた。
「ねえねえ、あの『流れ星』で有名な彼がここに入ったんだって!」
「ええ!? 本当?」
「名簿に名前があって、見た人もいるって!」
「でも、こんな学校だよ?」
「そうだけど、でもそういう推薦とかで来たわけないだろうから頭で来たってことだよね? それもポイント高いよね!」
「そうだよね〜」
まるでアイドルでも入学してきたかのような騒ぎようだ。進学校なだけあって、外見だけ でもいわゆるコギャルふうに見えないのが、彼にとってせめてもの救いだった。
(ずいぶん有名な奴がいるもんだ)
興味なさげに、彼はそう思った。 彼には慕っている人物も、アイドルに当たる存在もいなかった。だから黄色い声をあげる 連中は、彼にとって別次元の人間だ。 人には必ず裏がある。だから、騒がれている奴もいいところしか伝わっていないのだろう。 そう、彼は思っていた。いつかはその人物も、ついこの間までの自分のように悪いところ だけを取り上げられて、地に堕ちるのだ、と。せいぜい今のうちにちやほやされておけば いい、と。 そう考え、彼は頭の中で流そうとしたが――
(頭で来たことに驚く、か。推薦……スポーツ? 流れ星なんて呼ばれるんなら……陸上か? それにしても一瞬で消える流れ星にたとえるとは……大げさ過ぎる)
その人物を陸上選手と決めつけた彼は、もはや気にする必要もないと判断し、今度こそ 流すことにした。 4組の名簿の中段付近にあった名前。それは、星澤一彦だった。
あとがき こちらで私事を書くのは初めてですが、よろしくお願いします。 私へのご意見、ご感想等ありましたら、↓の方へご一報ください。 (ネオギャラクシーの郵便受け) http://pawaboard.zapanet.info/board/55_11438.html
それでは、本日はこの辺りで。
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ネオギャラクシー
2006年10月01日 10時14分
編集
IP: 61.23.15.3
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第二話「練習開始」 翌日。 この日から早速授業は始まる。朝には小テストがあるということなので、星澤は足早に 教室へ向かっていた。 しかし、途中で1枚の張り紙に目が止まる。 野球部の部員募集の告知だった。ただし、こんな学校らしく程度の抑えてあるものだ。
(こんな学校にも部があるのか!)
星澤にとってはありがたいことだった。彼自身、ずっと趣味となってしまうだろうと 思っていた野球が、部活動としてできるのだ。 星澤にとって部にはいい思い出はないが、ここのグラウンドは去年までいた苦難の地では ない。部員も、星澤の過去を知らないはずで、この学校に来ている者を不良と見ることも ないだろう。 勉強への影響も気になるが、野球ができるのにやらないわけにはいかないし、学力を 落とすつもりもなかった。
(俺の野球人生の再スタートだな)
星澤は心の中で笑みを浮かべ、教室へと向かった。
放課後、秋岡、冬森、春谷、夏川の4人がグラウンドに向かっていた。
「今日から仮入部も、練習もできるって?」
「そうらしいね。グラブくらい持ってきたよね?」
「とりあえず昨日のうちに聞いてたからね」
「まあ、キャッチボール程度で終わりそうだけどな」
彼らの会話は、4人が集まった時からずっと続いている。新しい生活が始まって話題に 事欠かないという部分もあるのだが、会話を続けることには、彼らの暗黙の了解のうちに 成り立っている理由があった。 会話にのめり込むことで、周りからの視線を意識から追い払う、という理由が……。 特に、夏川はそれに対し真剣だった。 会話を続けたことは彼らにとっては効果があり、精神的にはほぼ何事もなくグラウンドに 着いた。彼らは監督らしき人物を見つけ、夏川が声をかける。
「すみません」
「ん、新入部員……って夏川!?」
「え、は、はい。そうですが」
「見れば春谷、秋岡、冬森も!」
「ご存じでしたか、光栄です」
「知ってるも何も、去年までの中学界の超有名人じゃないか!? どうしてこんなところに?」
ご存じでしたか、とは言ったものの、それは予想していた反応だった。
(やっぱり、野球やってる人には知られてるか……)
そんな本音と、ため息をつきたくなるのを隠して、夏川は返事を返す。
「俺たちこちらの高校に入りましたので、野球部に入部したいと思いまして」
「いやしかし、君たちならもっと上の高校から呼びかけが来たはずじゃあ……」
彼は、まだ夏川たちのことが信じられないようだ。名前を呼んでいる時点で4人のことを 知っているのは明白なのだが、ここにいないはずだという理由を挙げて、それを否定して もらうことで信じようとしているようだった。
「僕たちは野球は楽しんでやりたいと思ってますから。冬森が調べたところ、この部は 僕たちに合っていると判断したんです」
春谷が答える。秋岡も続く。
「ですので、よろしくお願いします」
「あ、ああ、よろしく。しかしもったいないな。だが楽しむ、といった点ではウチは ピッタリだな」
「はい。では、練習に参加してもよろしいでしょうか?」
「ああ、すでに新入部員が何人か来ているんだが、彼らにはその人数の中で軽い練習を してもらっている。そこに行くといい。あっちだ」
言いながら、監督はひとつの方向を指さす。4人がその方向を見ると、確かにどこか 初々(ういうい)しいところが見てとれる新入部員らしき集団が目に入った。
「ありがとうございます。では」
4人は元々グラブを持っていたため、すぐに新入部員たちのもとへ向かった。
やや時間をおいて、今度はひとりの男がグラウンドに現れる。
「すみません、野球部はこちらでよろしいでしょうか?」
星澤だった。クラスの仕事を任せれたため少し遅めの来訪だ。 しかし、時間的に見ておそらく本日最後のひとりだろう。
「ああ、そうだ。入部希望か?」
「はい。よろしいでしょうか?」
「もちろんだ。新入部員の連中はあそこで練習している。今日はその中でやってくれ。 グラブは向こうにあるから取ってくるといい」
「はい、すみません。では」
星澤は頭を下げたあと、グラブを手に取り、新入部員の群れへと向かった。 星澤がそこへ着くと、彼らはちょっとした話合いをしていたようだった。
「あ、君も新入部員?」
「ああ、そうだ。新入部員が集まっているのはここか?」
「そうそう、ちょうどよかった。君が入れば偶数人数になってふたりで組めるから。その ふたりずつで今日は練習しようよ」
星澤が見渡すと、人数は自分を含めて8人。4組のペアを作ろうというわけだ。 一同、承諾する。 次々とペアができていく中、ひとり、星澤のもとへ寄ってくる。
「君と一緒に練習していいかな?」
「……ああ、構わない」
「じゃあ、よろしくね。僕は冬森っていうんだ」
「俺は星澤だ、よろしく」
固い受け答えだが、星澤にとっては仕方のないことだった。未だに、目の前の人物―― 冬森がしたような、愛想のいい対応の仕方になれていなかったからだ。 ふと星澤が冬森の手元を見ると、左手につけているのはキャッチャーミットだった。 星澤の視線に気づいたのか、冬森は右手をそっとミットに当てて言った。
「あ、これね……僕は主に捕手としてやってきたから。手に1番馴染んでいるのを持って きちゃったんだよ」
愛着を感じさせる声色だった。それはミットに対するものなのか、捕手というポジションに 対するものなのかは、星澤にはわからなかったが。
「そうか。俺は投手だから、球を捕ってもらうこともあるかもしれないな」
「そうなんだ。その時はよろしくね。今もだけれど」
冬森は、そう言ってニッコリと笑った。 人懐っこい。そう表現できる笑顔だった。 星澤は、そういうのはあまり好きではなかったのだが、冬森のそれに対しては、なぜか 悪い気がしなかった。
「……ああ。そろそろ始めるか」
そんな自分に少し戸惑いながらも、そう言って星澤は練習を始めようとする。 すると、冬森が思い出したように言った。
「あ、君はアップがまだだよね。それからにしようか」
さっきやってきたばかりの星澤は、冬森が言ったようにアップを済ませていない。
「別にいいんだが……」
「ううん、少しでもした方がいいよ。僕ももう少しやりたくなったし」
(やりたくなったって、アップをかよ)
と星澤は心中でツッコミを入れるが、冬森は本気らしいので星澤は付き合うことにした。 正確には自分のためのものなのだが。 アップが終わったあと、キャッチボールを始める。 お互いに、キャッチボールとはいえ相手のうまさを感じた。 ある程度投げたあと、冬森が声をかけてくる。
「星澤君、ちょっと投げてみないかい? 座るから」
「ピッチング、ってことか?」
「うん、どんな球を投げるのか見てみたいし、捕ってみたい」
言って、早速座っている。
「別にいいが、そのままでか?」
冬森は防具等はつけていない。初日ということもあるし、何より今までしていたのは キャッチボールだ。流れ的にもつけていたらおかしいが。
「ん、自信があるんだね。ますます捕りたくなったよ」
「そうか。なら頼むよ」
しかし、星澤は思っていた。本気では投げられないだろう、と。 中学時代も、星澤は全力で投げる機会はなかった。力をセーブしても、捕手が捕ることは ままならなかった。チームメイトの実力不足も目に見えていたが、彼らは星澤の元々の 印象もあり、取れないように投げている、とでも思ったのだろう。星澤とバッテリーを 組もうという者はいなかった。 部活に行きづらくなる要因のひとつだったが――
「あ、サインとか、いらないからね」
星澤は、冬森の言葉に回想を中断させられる。
「いらない?」
「うん、星澤君の好きな球を、好きなように、好きなところに投げて」
「って、危険だぞ!?」
「大丈夫、自分で言ってるんだから。警戒もしてるし」
「いや、しかし、球種くらい言った方がいいんじゃないか? あるいはコースを」
冬森の言う通りにすると、どこに、どんな変化をする球が投げられるのかもわからない ことになる。ましてや、星澤にとっては自分の持ち球から考えるといっそう危険だと思わ れた。
「どんな球が来るかわからない、このワクワクがいいんだよ」
冬森は、譲らないようだった。
(本気か?)
本当に捕ってしまうような優秀な人物なのか、あるいは考えが大きく違っているのか わからないまま、とりあえず星澤は、初球は真ん中に力の抑えた直球を投げることにした。 力を抑えるとは、球速にして10キロほどだ。 左足を上げ、右横からボールを放す。サイドスローだ。 星澤からすれば、冬森には全力で投げたように見えた……はずだった。
あとがき 次回は、ようやく主人公の投手としての様を書いていくことになります。 実力の通じ方等、現実的でなくなってしまうかもしれませんが、 少なくとも行き過ぎはしないようにします。
(改定時に追加) 上のように言ったんですが、のちにわかる季節の4人の実力はかなりのものになって しまいました。 あきれられてしまうかもしれませんが、その上でどう書いていくかを見ていただければ いいな、と思っております。(ご期待に添えられているかはわかりませんが)
もうひとつ。 今回から、「・・・」を「……」としました。途中からの変更で申し訳ありません。 プロローグ、第一話もその部分は直しました。 あることをしたので、私的に気にする必要がなくなったことでしたので……
では、今日はこの辺りで。 次回予告「明けの明星・前編」
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ネオギャラクシー
2006年10月07日 22時17分
編集
IP: 61.23.12.212
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第三話「明けの明星・前編」 投げられたボールは、構えたミットにそのまま収まるように捕球された。球速は130 キロ台半ばといったところだ。 ただ、捕ったといっても星澤は力をセーブしているし、さらに相手の構えていた、しかも ド真ん中だ。初めから相手の腰をあまり引かせないようにしようという、星澤の配慮だった。 だから次の1球からは、星澤にとっては今まで通りの光景が広がるはずだ。 力をセーブしても、満足に捕ってもらえないという……。
(あるいは、「やっぱりサインを」と泣きついてくるかのどちらかだな)
高1で130半ばなど、普通は出せない。その球速を知ったのなら、今からでもサインを 求めてくるのは恥ではない。自分を低く見られたのは、星澤にとって気分のいいことでは ないが。 それでも、まだ力を抑えた場合の話だ。全力投球など、とんでもない。もしそれをして しまえば、マスクをつけていない冬森の顔面にボールが直撃するだろう。 そんなシーンを想像してしまい、星澤は入部早々やる気を失いそうになった。
(野球部に入ったのはいいが……全力投球はまたお預けか)
しかし、その星澤の予想は、180度ひっくり返される。
「速いね、しかもサイドスローなんだ。でも力を抑えてこれなんだから、本気で投げたら どうなるの?」
星澤は、バッと顔を冬森の方へ向けた。予想もしていなかった内容に、顔に浮かんで いるであろう驚きを隠すのも忘れて。顔面直撃シーンを思い浮かべていて、冬森の顔を 見ていられなかったのだが、そんなことはもう頭にはない。 何でもないように言ってきた冬森の声。球速に対しても、ただ「速いね」とひとことだけ。 感情さえこもっていないかのように、星澤には聞こえていた。 そして何より、星澤が力を抑えていたことに気づいている。さらには、全力投球に対する 期待すら、伺わせていた。
(人前ではずっとこうやって投げてきたんだがな……加減してるのがわからないように)
星澤がそう思っていると、
「あ、あれ? 違った、かな?」
星澤は頭の中ではあれこれ考えているが、表面上は黙ったままだ。不安に思ったのか、 冬森が自信なさそうに尋ねてくる。
「あ、いや、合ってる。……しかし、よくわかったな……」
「何となく、ね。でも自然にそう投げてるように見えるってことは、以前力を抑えたまま 投げ続けたことがあるみたいだね」
もはや何もかも知られているような感じだ。星澤は、冬森のことを変に疑るのをやめ、 彼の『自信』に少し、賭けてみることにした。
「ああ、まさしくその通りだ。だがあと何球かはこれでいく」
「うん、いいよ」
10球ほど投げたあと、星澤は声をかける。
「そろそろ、いくぞ」
「わかった」
星澤は精神的なリミッターを外す。同時に、胸に込み上げてくる熱い気持ち。
(こいつなら捕ってくれるかもしれない。俺の、全力の球を)
そんな経験のなかった星澤にとっては、それだけでもう実戦のマウンドに立っている ような気さえした。 高ぶる高揚感。味わったことのないこの気分を動きを止めて味わいたかったが、星澤は ゆっくりと身体を動かし始めた。
一方、冬森は言ったほど出していなかった警戒心を全開にする。 彼の全力の球。本気にならねば失礼、というのもあったが、あるいはそうでもしないと 捕れない、そう体が感じていたのかもしれない。 冬森もまた、気分が高揚していた。ほぼ間違いなく一流であろうピッチャーが、今自分に 向かってボールを投げようというのだ。 3年ぶりの新しい出会い、そして騒いでいる自分の中の捕手の血に、彼もまた実戦 さながらの雰囲気の中にいた。 そして。 ズバァーンといういっそう大きなミットの音が響く。その空気の振動は衰えることなく 広がっていき、比較的そばにいた新入部員の鼓膜を震わせる。直接としては初めて経験する それに、彼らは動きを止め、そしてふたりの方へ顔を向ける。
「今の、あそこから?」
「そうみたいだけど、スゲェ音がしたぜ」
春谷、夏川、秋岡もふたりの方を見ている。周りの部員より落ち着いているのか、思って いることも口には出さない。
(座ってるのは……冬森だよね)
(ちょくちょくいい音は聞こえてたが……今のはすごいな)
(投手、か。同ポジションのライバル出現、かな)
「面白い」
たったひとことだけ、3人は同時につぶやいていた。不敵な笑みを、その顔に浮かべ ながら。
「すごいね! 140半ばくらいは出てたよ!」
「ああ、多分そのくらいだ」
「へぇ〜、まだ1年なのに。こんな球を投げる人とやっていけるんだから、これから楽しみ だなぁ」
(……まだ直球しか投げてないんだがな)
もっと知ってから、といった気持ちもあるが、褒められているのだ。星澤にとっては、 それだけでよかった。 再び、何球か散らして投げる。 周りもふたりが気になるようだ。星澤は常に視線を感じ続けていた。 人から感じる視線は星澤にとって中学時代までは悪いものでしかなかったが、今は違う。 星澤の球速――正確にはミットに収まる音――に、素直に感心しているのだ。そんな中で ボールを投げるのは初めてで、早くも星澤は満たされた気分となる。 そんな気分の中、星澤は次のステップへ進むことにした。
「冬森君、注意してくれ」
「え?」
「次にいくことにする」
「うん。よし、いいよ」
「本当にノーサインで大丈夫か?」
「うん、もちろん」
しかし、言ったほど星澤は心配していない。 彼なら、捕ってくれそうだ。星澤は、そう思っていた。だが、念のため取れなくても 大丈夫なコースへと投げることにする。 横手から投げられたボールが冬森へと向かっていく。球速は今まで――全力投球から すると遅いが、変化球を予想しているであろう冬森からすれば速いはずだ。ボールはその まま迫っていくが、あるポイントで途端に横方向に変化する。利き手とは逆方向に速い スピードで曲がっていく、Hスライダーだ。 星澤は思わず、祈るような気持ちで拳を握っていた。視線も、ボールから一瞬たりとて 離さない。 そんな気持ちを乗せた白球は一瞬後、別の色に包み込まれるようにして、視界から消える。 同時に、心地いいミットの音が響いた。 星澤の投じた1球は、そのボールだけでなく心まで、冬森によってしっかりとキャッチ されていた。
(捕ってくれたか。しかし……)
捕ってもらった喜びとは別に、星澤の中に別の感情も生まれる。
「カットボール、いやHスライダーかな?」
「Hスライダーのつもりだが、それより」
「え、何?」
「冬森君って一流の捕手って呼ばれたことないか?」
星澤にはそうとしか思えなかった。 直球だけならともかく、スライダーまで捕った。ノーサインで。捕れなくてもぶつから ないように右バッターの外角に投げたのだが、それは彼相手には意味のないことだったと 感じる。 「ほ、星澤君まで……どうしてみんなそう言うのかなぁ〜? 全然そんなことないのに……」
「いや、君は立派な一流選手だ。間違いないだろう」
「だ、だから違うよ。まだ会ったばかりなんだから、適当なこと言わないでよぉ……」
弱気な口調で、冬森は否定する。謙遜(けんそん)しているようにも見えないし、嫌味に 聞こえるわけでもない。本気で、「自分は普通」と思っているようだ。 しかし、彼を基準とするのならば、トップの選手はいったいどんな選手になってしまう のか。 星澤は怖くなって考えるのをやめる。
「君ほどの捕手なら、本当に加減する必要はない。心置きなく投げさせてもらうよ」
「あ、うん。僕のことはともかく、どんどん投げて。もっと捕ってみたい」
冬森の捕手能力が高いと実感した星澤は、本気で投げ込んでいく。 そして、再び数分後。
「もう1種類、いくぞ」
「うん、いいよ」
この球を投げるにあたっては、気を遣いたくともうまくできない。冬森を信じて投げる、 星澤にはそれしかできなかった。 そうして投げられた星澤の2球種目の変化球は…… 地面に落ちることなく、冬森のミットに収まっていた。 その球はHスライダーと同じ高速変化球で、真下に変化するSFFだった。そのため、 冬森に当たらないように投げることができなかったのだ。 よって心配だったのだが、冬森はボールを落としはしなかった。
(やはり、捕るのか!)
もう一点の迷いもなく、星澤の中で冬森は一流の捕手となる。
「あ、危なかったよ。もう少しで落としそうだった」
冬森がボールを返しながら言う。
「あのスピードで落ちるんだから、SFFかな?」
「ああ、でも、よく捕ったな……」
「体が勝手に動いた、かな? 星澤君は速球投手かもしれないとも思っていたから、予想の ひとつには入っていたし」
「いや、大したもんだ。さすが一流」
「え、違うよ。現にちゃんとは捕れなかったんだよ?」
「落とさなきゃ暴投にもパスボールにもならない。十分だ」
「う〜、ちょっと悔しいから、もっと投げてもらえるかな? 今度こそ宣言なしで、捕って みせるから!」
冬森は、納得していないらしかった。 ノーサインで投じられたボールをミットの1番深い部分で捕る。それは、この上ない 完璧なキャッチだ。そうでないと納得しないにもかかわらず自分を低く見ている冬森に、 星澤は疑問を覚えたが、彼の表情にどこか楽しそうな色も見て取れたので、特に追求は しないことにした。
「よし、じゃあもう何も言わない。いいな?」
「うん!」
こうして、本気の投球練習が始まった。 星澤は手加減などせずに、あらゆるコースにボールを投げ込んだ。それを冬森は、あの 1球以降、全て完璧に捕ってみせた。
あとがき さて、ようやく主人公に球を投げさせることができました。 ですので、星澤のキャラ紹介をしておきます。
星澤 一彦(ほしざわ かずひこ)―1 現在、緑崎学園野球部所属の1年 右投右打、投手 先発、速球派 持ち球:145キロのストレート、Hスライダー、SFF 中学時代、遅刻や欠席の多さ、交友関係から周りから不良と呼ばれ、過ごす。 周りの評価はさほど気にはしていなかったが、最後の夏の野球大会に参加できなかったこと から、密かに歩む道を変えることを決意、結果成し遂げる。
入学した緑崎では部活に入る予定はなかったが、野球部の活動があることを知り、入部。 そこで大きな出会いを経験する。
『紹介』では、基本的にその時点で判明していることをまとめていきます。 物語の伏線を書くこともあると思いますが。 ですので、何度か追加していくことになります。
では、今日はこの辺りで。 次回予告「明けの明星・中編」
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ネオギャラクシー
2006年10月08日 20時02分
編集
IP: 61.23.12.212
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第四話「明けの明星・中編」 時間が経ち、終了の時間となる。初めての全力投球をしていた星澤にとっては、夢の 終わりを告げられたようなものだ。
「全員、集合!」
監督に呼ばれ、新入部員も含め集まっていく。 星澤はまだまだ続けていたかったが、はみ出し者がどのような扱いを受けるかは彼自身が よく知っている。部の人間全員に嫌われるのは2度とごめんだ、と思っていた彼だったから、 さすがに戻らないわけにはいかない。 星澤がそんなことを考えていると、冬森が「戻ろうか」と声をかけてくる。 星澤は、冬森をじっと見た。 自分の全力投球を初めて捕ってくれた人物。そして、野球をやる者の中で初めて自分を 認めてくれて、星澤も同様に認めることのできた、初めての人物。
(そんな彼を、巻き込むわけにもいかないしな)
見つめられて小首をかしげている冬森に、星澤は「ああ」と返す。冬森からは見えない ように苦笑して、星澤は素直についていった。 グラウンドにいた全員が集まり、いくつかの列を作る。全員がその場に落ち着いたのを 確認すると、監督が話を始める。
「今日は新入部員も入ったのでこの辺で終了とする。が、その前にキャプテンである3年の 前高(まえたか)から新入部員にひとこと言ってもらうことにしよう」
監督が言い終わると、ひとりの男が前へ歩み出る。どうやら彼が前高らしい。 ひと目で年上とわかる、年齢からすると少しだけ老けた顔をした男だ。しかし、近寄り がたい雰囲気は感じられず、むしろ面倒見がいい人間に見える。 彼は星澤たち1年の方を向くと、コホンとひとつ咳払いをして、口を開く。
「えー、キャプテンの前高です。ようこそ、野球部へ。この部のモットーは『全員で、 楽しく』だ。勉強も忙しくなるだろうが、ここにいる間だけでも共に楽しんで野球を しよう!」
「はい!」
「では全員クールダウンを十分にしてから帰ること。以上だ」
「ありがとうございました!」
全員礼をして、監督を見送りながら、ダウンを始める。 星澤も、ひとりでダウンを始める。全員の集合が終わるまでは冬森が横にいたのだが、 「友人のところへ行ってくるね。でもまた戻ってくるよ」と言って、今は別の場所にいる。 しかし何分もしないうちに、冬森は星澤のもとへ戻ってきた。
「星澤君、一緒にいいかな?」
そう言う冬森の後ろには、興味深そうに星澤のことを眺めてくる、3人の人物がいた。
「あ、ああ。いいけど……」
言いながら、星澤は他の3人を見る。冬森の友人なのだから、何らかの分野で名が知れて いるかもしれないのだが、星澤は中学野球界には疎(うと)かった。実力者のことを知って、 自分が通じるかどうか考えてみたくもなっていたのだが、知ってしまえば自分が同じ土俵に 立てないことを痛感するだけだ、と諦めていたのだ。
「ああ、僕の友人だよ。左から春谷、夏川、秋岡っていうんだ」
そう言った冬森は、星澤から向かって右端にいる。つまり、左から春谷、夏川、秋岡、 冬森という順である。 自分ひとりと、今日初めて会った4人。 星澤は、なぜかはわからなかったが、今まで足りなかった何かがこの場で急に満たされた 気がした。
「僕は春谷瞬。外野手だよ。冬森とは3年前の今頃知り合ってね。それからずっと一緒 なんだ。僕がどんな選手かは……言わない方がいいね」
春谷は星澤を除く3人に軽く目配せをし、3人は軽く笑みを浮かべる。星澤には内緒で、 何か画策しているらしかった。 星澤は首をかしげるが、その疑問に答えられることなく、次の紹介が始まる。
「俺は夏川透。二塁手だ。冬森との出会いは春谷と同じで、野球部に入ったらいつの間にか 一緒にいるようになったって感じだ」
そしてもうひとり。
「オレは秋岡仁っていって、君と同じ投手をやってるんだ。オレもっていうか、4人全員 出会ったのは3年前だ。オレの場合はクセのある球を捕ってくれたのが冬森なんだけど。 それ以来、ずっとコイツに捕ってもらってるよ」
秋岡が、冬森の首に右肩の方から左手を回しながら言う。
「わっ、ちょっ……秋岡ぁっ」
そのいわゆる『じゃれ合い』が絵になっていると、星澤は感じていた。それは彼らが とても仲がよさそうに見えるからか、はたまた冬森がそういうことをされるキャラとして 合っているからなのか、星澤にはわからなかったが。
「ははは……ついでだから、僕ももう1度名乗っておくよ」
開放された冬森はクールダウンを始めながら言葉を続ける。
「えーと、冬森彰っていってね、本職は捕手だけど、基本的にどこでも守れるよ。あ、 ちなみにこの3人は結構有名な実力者なんだよ」
「お前もだけどな。ただ目立つことしてないだけで」
「い、いや、僕は……そ、それより僕たちばかりしゃべってちゃ失礼だよ」
冬森が自分たちの話を打ち切る。言葉ではもっともらしいことを言っていた彼だったが、 星澤の目には冬森がその話題を避けているように映っていた。
「そうだ。ごめんね、星澤君」
「いや、別に。……俺は星澤一彦。投手で、投球スタイルは――」
「あ! 星澤君、ストップ。どんな投手かは言わないで」
冬森が遮(さえぎ)るように口を挟んでくる。
「え?」
「実はね、このあとに勝負してもらいたいんだ」
「勝負?」
「うん、是非挑戦してみたいんだ。冬森絶賛の君と」
いよいよ勝負の話題になったと言わんばかりに、春谷が話題に乗ってくる。
「そ、そうか? ならこちらからお願いしよう。君たちが実力者ならなおさらだし、それ 以前に人に本気で投げたことがない」
「え、そうなの?」
どういうことなんだ? というふうに、秋岡が冬森の方を向いた。
「不自然に見えないほど力をセーブしたまま投げることができるんだよ。だから何か事情が あるんじゃないかな」
「まあ、そんなところだ」
「そうか。でも問題はないな。俺と春谷は星澤君の投球内容は冬森から聞いていないから。 平等な立場だから、安心してくれ」
「なるほど。どんな選手か言わなかったのはそういうわけからか」
夏川の言葉に、星澤は納得したように頷く。 その後、4人は少し長めのダウンを行う。ひと足先に星澤は終えようとしたが、他に何も することがないため、4人に混じって適当に体を動かし続けた。時間をかけたため、終わる 頃にはほとんどの部員が帰っていた。 星澤は4人と共にホームベースの方へと向かう。すると、途中で背後から声をかけられた。
「おい、新入部員? 何やってる」
聞き覚えのある声。 前高だった。挨拶の時の声に感じられた親しみは若干薄れていたが、それも仕方がない ことなのかもしれない。練習が終わってなお残っている者がいて、しかもそれが新入部員 なのだから、不審に思われていてもおかしくはない。
「前高キャプテン」
そう口に出したのは春谷。その顔を見た途端、前高の表情が驚き一色に染まった。
「お、お前、春谷じゃないか!? いや、他の3人も!? ウチに来てたのか?」
「はい。野球を楽しむため、ここへ来ました」
「そうか。何もないが、楽しむという点では期待に添えられそうだな」
顔を見ただけで誰だかわかったのだから、4人がかなり有名なのは火を見るより明らか だった。文脈からしても、春谷たちが緑崎に入学していたのを知っていたとは考えられない。 人気と実力は必ずしも比例するとは限らないが、星澤の彼らに対する期待は右肩上がりと なった。普通の選手を抑えるより、強打者を打ち取る方がやはり意義がある。
「でもどうした。これから何かするのか?」
「はい、彼と勝負をしようかと」
紹介するかのように、春谷が掌を星澤の方へ向けてきた。それを追って、前高が顔を 向けてくる。
「彼、は……」
「星澤です」
自分のことを知っていそうもなかったので、星澤は名乗り、頭を下げた。
「彼はおそらく全国区ですよ」
(え……)
冬森の言葉に、星澤はくすぐられたような気分になる。 人に認めてもらいたいとずっと思ってきた星澤だったが、実際に認められるとなると、 何だか恥ずかしかった。それは、全国区と言われたからなのかもしれなかったが。 同時に星澤は、一流と言われてそれを否定していた冬森の気持ちが、少しはわかるような 気がした。
「彼も? そうだとすると今年はすごいやつが結構入ってきたんだなあ」
もったいない、と前高は続ける。しかしそうは言いながらも、彼は嬉しそうだ。
「それで、やってもよろしいでしょうか?」
「ああ、そんなに時間がかからなきゃいいだろ」
「ありがとうございます。よろしければキャプテンもいかがです?」
「俺か? じゃあせっかくだから参加させてもらおうかな」
「はい。いい? 星澤君」
「ああ」
言って、星澤はマウンドに向かう。
(さて、彼らはどんな選手なのか。そして俺の力は通じるのか)
ここから先は、星澤にとって未知の世界だった。相手はおそらく全国でも通じる選手。 星澤にとって彼らは、全力を出す相手として不足はない。
(だがどんな相手でも、必ず抑える!)
星澤は、ボールを強く握り締めた。
あとがき すみません。今回の話は中身とタイトルが合っていません。 前編、後編の二話だけだと、一話の量が膨大になってしまいそうだったので、中編を 設けることにしました。 次の話のタイトルこそ『明けの明星』としなくてはならなかったので、お許しください。
さて、次の話では、春谷、夏川、冬森(、前高)が打席に立ちます。 彼らの打撃能力とは?
全文改訂時の追加事項 遅くなってしまったのですが、今回より、漢字・かなの使い方を明確にしたつもりです。 また、いくつか指摘された部分を修正しました。ですので、過去文にも手が加えてあります。 時間に余裕がある方は、見直してみるといいかもしれません。 もちろん、必ずしも見直す必要があるというわけではありませんよ?
では、本日はこの辺りで。 次回予告「明けの明星・後編」
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ネオギャラクシー
2006年10月14日 22時17分
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第五話「明けの明星・後編」 星澤がマウンド上で勝負が始まるのを待っていると、勝負についての説明を忘れていたのか、冬森が寄ってくる。
その話の内容を要約すると、基本的に実戦形式であり、出塁してもランナーは残らず、打順は春谷、冬森、前高、夏川の順だということだった。
捕手は冬森が務めるが、冬森が打つ時にはネットを置いて対処するらしい。
話が終わって、冬森が戻っていく。その方向を星澤が見ると、監督がやってきていた。勝負を止められるかもしれないと少し不安になったが、監督
は興味深そうな顔をして、ベンチに座り込んだ。有名な冬森たちの実力を、この目で見たいとでも思ったのかもしれない。
話がまとまったのか、春谷と冬森がホームベースへと歩み寄る。冬森は正装して座り、春谷は左打席に入る。
春谷は何度か素振りをしたのちに足場を固め、構える。そして「いいよ」と声をかけてきた。
高鳴る胸の鼓動を感じながら、星澤はゆっくりとモーションに入った。
星澤は初球を投じる。アウトローへの直球。反応を見るため、狙いはボールゾーンだ。
ボールはそのまま気持ちのいい音を立てて、ミットに収まった。春谷のバットは、ピクリとも動いていない。
普通の打者なら、そのまま固まって動けない、ということにもなりそうだったが、星澤は春谷をそこまで低く見ていなかった。そしてそれは正しいと
いうことを、春谷が次に言った言葉が物語っていた。
「うん、速いなぁ」
構えを緩めながらそう言った春谷は、気持ちの面でもゆとりがあるようだった。また表情からも、この勝負を楽しんでいるということが伺える。
さすがにここまでとは、星澤も考えていなかった。自分が完全なる格上ではないことを悟った星澤は、気を引き締める。
そして、2球目。インハイへ投げ込んだ直球を、春谷は打ち返してきた。勢いのある打球は、低い弾道でライト線の右側を飛んでいく。
(む。引っ張るか)
ファールにはなったが、右方向へ勢いよく引っ張ったのだから、星澤の全力投球に力負けしていないということだ。当の春谷を星澤が見ると、当て
た感触を確かめているのか、バットを握っている手の辺りを見つめていた。当たった、と喜んでいるようには少しも見えない。
全力投球ではあったが、直球だけでは抑えられないということだ。
3球目。2球目よりも低めにボールを投げ込む。しかし、それはまっすぐには進まない。もちろん星澤にとっては意図的にしたことで、投げたのは
スライダーだ。春谷は当てるが、力のない打球が右側に転がるだけだった。
これを受けて、若干ながら春谷の表情が引き締まったのが、星澤にもわかった。
4球目、5球目は直球とスライダーを投げ、春谷はそれぞれファールにする。
そして6球目。星澤は三振を狙いにいく。スライダーとほぼ同じ速度で、横方向には曲げず、下方向にだけ変化させるSFFによって。
若干球速を抑えた球が、春谷に迫っていく。それを見て、春谷がわずかに腰を引いた。スライダーの食い込みを予想しているのだ。
(しめた!)
星澤は、勝利を確信した。そして、ボールが沈む。
だが、星澤が次の瞬間に目にしたのは、信じられない光景だった。
空を切るはずだったボールが、打ち上げられたのだ。
(何!?)
星澤は、驚愕していた。打球は打ち上げられたとはいえ、フライにはならなかったのだが、星澤にとってはそれどころではなかった。
(ボールが打ち上げられた……バットがボールより下だっただと!? 予想していたとでもいうのか!?)
確かに、予想できなかったわけではないはずだ。星澤くらいの球速があれば、似た球速の高速スライダーとSFFは区別しにくく、打つのにも苦労
するだろう。そのため、SFFを想定していたとは考えられる。また冬森同様、星澤を速球投手として認識していた場合も同様だ。
そういった点から予想していた可能性はあるが、やはり総合的に見れば選択肢は広い。それにスライダー以外の変化球を待っていたのだとして
も、迫ってくる勢いはスライダーと同じだ。普通はそれが打者の頭をよぎる。
星澤は自分の球のキレにもそれなりに自信を持っていたから、今当てられたことが、いや打ち上げられたことが、信じられなかった。
「あ、危ない。三振するところだった……」
明らかに「助かった」という表情をする春谷。動揺していた星澤だったが、そんな春谷を見て息をひとつつき、冷静になろうとする。
――が。その後何球も粘られる。その間ゴロや打ち上げといった打ち損じはなく、しかも打球はすべて左右のラインギリギリで、それ以外の飛び
方はしていない。
(まさか……狙って?)
とんでもないことが星澤の頭に浮かぶが、すぐに振り払う。
そして、次の1球で決めるべく、全力で腕を振るった。ボールはミットへと向かっていったが――。
途中で軌道を変えられる。打球はダイヤモンドの上空を通り、そして、右中間への長打となった。
星澤は、何も言えない。自分自身に対する弁解ができなかった。
(完全に打たれた……いや、負けた……)
SFFの打ち上げ、ラインギリギリファールの連発、完全な当たりの長打。それら全てが繋がっている気がした。
それでも、星澤は首を振る。
(切り替えないと。まだ3人いる)
全力を打たれたのは初めてで、ショックだったが、気が滅入るなど中学時代に何度もあったことだ。
星澤が意を改め視線を上げると、冬森が左打席に入っていた。投げようとしているのを感じたのか、冬森が構える。
そして、1球目。内角の直球。ストライクゾーンに入っていたが、冬森は振らなかった。いや、振れなかったと言った方が正しいのかもしれない。
「う、やっぱりここだと違う……」
冬森がそうもらしたのを、星澤は何とか聞き取っていた。言葉に感じられた弱々しさは見た目からも判断できて、星澤の投げた球に萎縮(いしゅく)
しているようにも見えた。
2球目も、落ちるSFFに当てられず、空振りとなる。投げたほとんどの球を打ち返された春谷とのギャップもあり、星澤からすれば、まったくと言っ
ていいほど打たれそうにない雰囲気だった。
(もしや、彼は守備専門なのか? まあ油断はしないほうがいい)
気を抜かず3球目を星澤が投げると、冬森はバットを前に出してきた。
ボールはバットに当たり、星澤の前方に転がってくる。
(バントかよ!?)
慌てて前へ走り出すが、冬森は動いていない。
星澤が捕球して動きを止めると、冬森はなぜか満足げに軽い笑みを浮かべた。
「これならアウトだね」
「いや、そうだろうが、勝負じゃなかったのかよ?」
「あはは、ゴメン。でも普通には絶対に打てなかったし。それに元々僕は実戦感覚を出すために出たようなものだから」
確かに実戦だったら無死二塁。バントもある。打てそうにないならなおさらだ。
「忠実すぎるぞ……」
「ゴメン。こうすること結構多くて。それより、次の準備しようよ」
言って冬森はミットを取りに戻っていった。
(何か、ふたりとも今の俺にとってはあとを引く終わり方だよな)
考えても仕方ないので、意識を次の打者に向ける。
前高が左打席に入り、冬森が座る。
(キャプテンか。お膳立てはしませんよ)
完璧に打たれたあとはバント。調子が狂いそうなところではあったが、星澤は自分を保ち、今までどおり油断せずにボールを放った。
しかし。
前高の打席は、ボールがミットに収まる音が3回聞こえて終わってしまった。そんな彼を監督は笑いながら迎えていた。
若干拍子抜けの感があったが、抑えたことには変わりない。星澤はふたりを抑えて多少自信を取り戻した。そして右打席に入る夏川を見据える。
(春谷君はヒッターとして、冬森君は守備面で有名、か。彼はどうか)
夏川の様子を見るため、打たせるようなところへ星澤はボールを投げ込む。それに対し夏川は、春谷と同じように来た球をファールにしていく。
ただし、飛ぶ場所は春谷よりバラけていた。
(彼もヒッターか?)
しかし、そうとわかってもピッチングを変えるわけではない。様子見をやめ、打ち取りにいくだけだ。
インハイにボールになるように直球を投げる。バットは出ていない。
星澤は次の1球、自分の好きな球種であるHスライダーを外角へ逃げるように投げ、勝負を決めにいった。
しかし、投げられたボールの軌道を追う夏川の目は、すわっていた。迷いなく、スライドしていくボールを視覚に捉えている。
瞬間的に、嫌な予感が星澤を襲う。そして、それを感じさせた視覚に誘導されるかのように、夏川によって振られたバットは一直線にボールへ
向かっていく。
次の瞬間、目の覚めるような快音が響き渡った。
星澤は反射的に振り向き、打球の行方を追っていた。打たれたショックで動かないかとも思われた星澤の体は、なぜか勝手にそう動いていた。
打球は高く舞い上がり、右方向へ飛んでいく。ホームラン性の当たりだ。
その打球の飛んでいく様はまるで、ひと筋の星が、空を駆けていくようだった。
あとがき 今まであとがきを書き続けてきたわけですが、あまりいいことではありませんでしたね。 日記スレを立てたことですし、今後は補足事項は『四星製作日記』としてそちらに書いていく ことにします。 いつからになるかはわかりませんが。
ですが、今回ばかりは書き方について言うべきことがありますので、それについては 日記スレの方に今日中に書き込みます。
では本日はこの辺りで。 次回予告 第六話「安らぎの来訪」
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ネオギャラクシー
2006年10月15日 22時09分
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第六話「安らぎの来訪」 打球の行方を見つめていた星澤は、ふと我に返る。すると、急に敗北という2文字がのしかかってきた。
まるで麻酔が切れたような感覚。体が勝手に振り向いていたことを考えると、夏川の打球には何か魔法のような、特別な力が働いているのかも
しれなかった。
ベンチにいた者たちが、ホームベースへ集まっていく。打たれたことで何を言われるかわかったものではなかったが、星澤もそちらへ歩を進める。
しかし星澤は、自分の足がひどく重く感じられた。気分が沈んでいるのはわかっているのだが、その分だけ重力が増しているかのようだった。
ゆっくりと、そして虚ろな顔をして歩いているであろう今の自分を見られたら、敗北感に打ちひしがれているのは誰が見てもわかるだろうと、星澤は
思っている。だから速く歩かねばならないのに、体が言うことを聞かなかった。抜け殻のような自分の体に、星澤は本当の自分は夏川の打球と共に
飛ばされてしまったのではないかと、疑いたくなるほどだった。
それでも、やがて夏川を囲う輪の近くにたどり着く。監督の、夏川への賞賛の声が聞こえてきた。
「さすがだな。見事なホームランだった」
「ありがとうございます、監督」
「『流れ星』と名が付いてるだけあって綺麗な球筋だった。それに春谷も。ヒットを打ったのもそうだが、何だあの6球目は。普通なら三振だぞ?」
『流れ星』という単語に、星澤はピクッと反応した。昨日女生徒たちが騒いでいる時に出ていた単語に。
しかし、それはほんの一瞬嫌なことを忘れさせただけだった。間を置かずに星澤の気分はふたたび沈んでいく。しかもそれを後押しするかのよう
に、それ以降『流れ星』は話題に上がらない。
「あれは、体が勝手に動いたというか……たまたまです」
「俺なんかかすりもしなかったけどなぁ」
おどけたような声色で、前高が会話の輪に入っていく。星澤はひとり、温度差のある世界に取り残されることとなった。
「それはお前の実力不足だ。まあ勝負前に逃げなかっただけキャプテンらしさは見せられた、というところか」
監督の言葉を皮切りに、談笑が始まる。星澤は焦点の定まっていない目で彼らとは違う方向を見ていたため、6人の顔色は伺えなかったのだが、
ほかの5人はともかく、前高も程度はどうあれ笑い続けているようだった。ただ負けただけでなく、3年が1年に完璧に抑えられたという恥ずべき事実
までついているというのに、それでも笑っていられる前高の心理が、星澤には理解できなかった。
しばらくして、話題は星澤のほうへと移ってきた。
「君は、星澤、と言ったか」
監督の問いかけに、星澤は何とか「はい」と答えることができた。こういうときは口だけ動いて声が出ないということもあるらしかったが、少なくとも
今はそうはならなかった。
「打たれはしたが、驚いたぞ。それだけの球を持っていればかなり上にいけるだろう。気を落とす必要はないぞ?」
「ですが、ふたりには完璧に打たれましたから」
星澤は、何を言われても気休めにしかならないと感じていた。だから当然のことながら、素直に受け入れようとはしない。
しかし、監督は続ける。
「このふたりは相当な実力者だからな。仕方ないとも言える。だがそれだけじゃなく、私は君のこれからの伸びにも期待できると思うんだが」
「え?」
「うん。星澤くんはまだまだ成長するよ。今までずっと抑えて投げてきたんだから、春谷や夏川相手にやっていけばきっとすごいことになるよ!」
冬森が、自分の意見を付け加える。それはつまり、星澤が打たれたことは気にしておらず、抑えられた環境下でこれだけの実力を得てきた星澤の
潜在能力に期待している、そういうことだ。
星澤は、てっきり負けたという事実から自分のことをポイと捨てられてしまうものだと思っていた。勝負の世界は厳しい。負けた者は潔(いさぎよ)く
去っていくしかない。そういう信条を持っていて、そして、本気では負けたことのなかった星澤だったから、自分の敗北にこの上なく悲観的になって
いたのだ。
ところが冬森は自分を全面的に、そして好意的に受け入れようとしてくれている。1度ならず2度までも正しく自分を見てくれた冬森に、星澤の心が
震える。
「過去にも何かあったようだが、そうでなくとも君はまだ高校生だ。まだまだ伸びるのは確かだろう。頑張ってくれ」
「……はい!」
監督にまで認めてもらって、目頭が熱くなりそうになったが、星澤は何とかそれを抑えて返事をする。その分だけ別の方面では抑えられなくなって
いたのか、声量が大きくなっていたが、それくらいなら自分が喜んでいることを表現してもいいだろうと、あまり気にしないことにした。
期待されている。その事実は、ほとんどの人に認められることのなかった星澤にとって、何より嬉しいことだった。
「よし。じゃあもう終わるぞ。気をつけて帰れよ」
「ありがとうございました!」
全員が声を揃えて、今日2度目の終了の挨拶をした。
だが、すぐそのあとで、春谷が監督のあとを追っていき、何かを伝えていた。
春谷が戻ってきて、星澤がそれについて尋ねてみても、ちょっとね、としか春谷は答えなかった。ほかの1年の3人は、その理由がわかっているよう
だったが、どうやら、秘密にしておきたいらしかった。
帰り道。星澤は1年の4人と同じ帰路についていた。
「負けたよ。結構自信あったんだが」
「星澤君もすごかったよ。あのSFFは危なかった」
「あれで下方向に飛ぶならまだわかる。どうして打ち上げられるんだ?」
「あはは、さっき言ったとおりだよ」
「……夏川君にはあそこまで運ばれるし。スライダー、自慢の球なんだぞ?」
悔しさを込めて、星澤は夏川に言葉を向ける。送る視線も、少しにらむような感じにしていた。
「あのコースのスライダーは右に打ちやすいからな。そうじゃなきゃ、わからなかった」
「あ、そうそう。ホームランといえば、流れ星だって? そう呼ばれてなかったか?」
緑崎に来てから何度か聞いた単語だったため、星澤はその正体をはっきりさせることにした。星澤は初めは、『流れ星』を陸上選手の通り名だと思
っていたのだが……。
「ああ、コイツのホームラン、流しだったろ? その飛んでいく様が綺麗だから、いつからかそう呼ばれるようになったんだ」
秋岡が、夏川を肘で小突きながらそう答えた。
それを聞いて、星澤は自分のしていた想像がまったく違うものだったと気づかされる。陸上などよりも、空を駆けていくボールのほうが『流れ星』と
してはよほどたとえ甲斐がある。
そんな考えだったのを悟られないように、星澤はその時の状況を語ることによってごまかすことにした。
「な、なるほど。きのう言われてたのはそれか。女子が騒いでた」
しかし、星澤がそう言うと。
急に、4人が黙り込んでしまった。その表情にも、暗さが宿っている。触れてはいけないことに触れてしまったようで、ごまかそうとしていたことなど
はもう星澤の頭から消えていた。
「ど、どうした?」
「あ、うん。夏川ね、教室でも話題になったって言ってたから」
有名人はつらいよ、ということなのだろう。ただし、そう言う冬森にからかいの意図は少しも見られない。むしろ、夏川を気遣って声量を落としている
ようだった。
「あ、ああ……そうか」
「こんなとこに来るような人たちだから、あまり知られてないと思ってたんだが。小テストあまり勉強できなくなって困った……」
ちなみに朝には英単語、昼と5限の間に数学の小テストがあった。1年でも初日から7時間の授業とこれなのだから、まったく容赦のない学校だ。
しかし星澤は、夏川の表情を見て事態は簡単なものではないということを理解した。夏川の表情が、グラウンドで見たものとまったく違うのだ。打席
に立った時には春谷と同じくらいのいきいきとした表情をしていたのだが、今はそのギャップが星澤にとっても苦しいものに思えてくる。
夏川の言うことは嫌味にも聞こえる内容ではあったが、夏川本人にはそれを気にする余裕もないようだ。夏川の気持ちがわかり、星澤も何も言え
なくなってしまう。
少しのあいだ沈黙が続いたが、そんな雰囲気を飛ばすかのように、秋岡が口を開き始めた。
「まあ、星澤君もいつかこうなるよ」
「え?」
「いずれエースとして、注目を集めるような存在に、ね」
星澤にとっては、何とも唐突な言葉だった。聞きようによっては、エースは任せた、と言っているようなものだからだ。
星澤は4人の過去の戦績は知らなかったが、全員が有名であることは前高の言葉で明らかだったので、ほかの3人と同じくらいの実力者とするの
ならば、秋岡も相当な投手のはずだ。そんな人物がなぜエースを譲るようなことを言ってきたのか、星澤にはわからなかった。
しかし、同時に自分が認められていることも確からしかった。喜び・期待・困惑等、様々な感情が生まれていて、星澤は何も言えなかった。
翌日。
星澤が部に顔を出すと、春谷たち4人はまだ来ていなかった。
そのため、星澤はひとりでアップをしていた。
「全員、集合!」
監督の声に、ほかの部員同様星澤も集まる。その監督の横には、春谷たち4人とひとりの少女の姿があった。
「えー、このたびマネージャーが入ってくれることとなったので紹介する。じゃあ常磐(ときわ)さん、何かひとことを」
常磐と呼ばれた少女が、前に出てくる。
「このたびマネージャーとして入部させていただくことになりました、常磐沙癒(さゆ)です。昨年までも中学で同じ仕事をしていましたが、わからない
こともあると思いますので、その時はよろしくお願いします」
語尾の下がっていない、明るく、やわらかな口調だった。好感を持てる声とはこういうものなのかもしれない、と星澤は思った。
挨拶を終えて頭を下げる彼女に、『歓声』が送られる。
彼女の容姿をひとことで表現すれば美少女だ。身長は高1女子としては平均的で、顔立ちも整っており、スタイルも目立ったところはないが、悪く
ない。そんな彼女の入部に、部員はかなり喜んでいるようだ。
対して星澤は、静かに拍手を送りながら彼女を見ていた。
(いいのかね……こんなところに来ちゃって。男しかいないし、勉強もあるだろうに)
ひととおり、一般的な目線で彼女を見終えて、星澤はそう思う。
しかし、ふと星澤の中にひとつの考えが生まれた。
(でも、それでも入るっていうんだから、野球、好きなんだろうな)
改めて、星澤は彼女をじっくり見る。もやが消えていくように、彼女のことが見えてくる気がした。
とたん、今まで感じたことのない感情が、星澤を襲った。なぜか、彼女を直視できなくなる。
(これは……何だよ?)
『ひと目』ではない。だったら――といった、言い訳じみたことを星澤は考え始める。でもやがて、気づいてしまった。
それでも。
(高いな……俺には)
自分には釣り合わない。憧れで終わるべきだ……と、星澤は自分に言い聞かせる。
求めていたものが手に入らない、実現しないとわかった時のあの気持ち――半年前の夏のようなことを、星澤はもう味わいたくなかったから。
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ロリポップ!
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ネオギャラクシー
2006年10月22日 20時24分
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第七話「再スタート」 「あー、次はこの4人だ。名前くらい知ってるはずだぞ」
監督の言葉に星澤は物思いを中断し、できるだけ沙癒のことを考えないように心がけて、顔を上げる。必然的に視界の片隅に入ってしまう彼女に
ドキドキしながらも、星澤はこれから紹介されるであろう春谷たちに意識を向けた。
「四和(よつわ)中の春谷、夏川、秋岡、冬森だ」
部員たちがざわめき始める。4人の名も、彼らの出身校らしき四和中という名も知れ渡っているようだ。
「彼らはこの部のやり方に惹かれて入学、入部してくれた。しかし彼らがいれば我が野球部ももっと上にいける。よってこの部のモットーを守った範
囲内で勝ち進んでいくことを考えていきたいと思う」
治まっていたざわめきが、ふたたび湧き起こる。口々にいろいろなことを言ってはいるが、不満そうな声は聞こえてこない。おおむね監督の提案は
受け入れられているようだ。
もちろん星澤は、監督の提案については大賛成だ。おそらくこの中で、もっとも大会に出たがっているうちのひとりだろう。
「反応は良好のようだが、とりあえずのちにある一斉部会でそれは正式に決めるから、考えておいてほしい。おっと、もうひとり紹介しておかなきゃ
ならないのがいたな。星澤!」
「え? は、はい」
聞かされていないことだったが、仕方ないので星澤は前へと歩み始める。向けられる視線に少し体を熱くしながら、星澤は目的地――どこへ立つ
かを考える。部員たちの前に、左端から監督、沙癒、春谷、夏川、秋岡、冬森と並んでいたため、星澤は迷わずに沙癒から1番遠い右端を選んだ。
「彼は無名ではあったが、実際にはこの4人とほぼ同レベルの投手だ。よってこの5人を中心にやっていくことにする。幸いこの5人で必要な分野は
揃うから、何でも訊くといい」
前高を中心に拍手が起こる。同時に彼らは、星澤たちに向けて尊敬のまなざしを送ってくる。救世主扱いのそれに星澤はどんな顔をしていいのか
わからないでいたが、悪い気はしていなかった。
「よし、この部の再スタートだ! 気合入れていけ!」
「はい!」
雰囲気に乗って少し大きめの声で応えた星澤だったが、前から聞こえてきたのはさらに威勢のいいものだった。散っていく彼らの中にも、活気が
感じられる。単純とも言える彼らはおもしろおかしくはあったが、去年までの連中よりは好感が持てるな、と星澤は思った。
自分のことへと思考を切り替え、星澤は冬森の肩を叩く。
「またあとで捕ってもらえるか? 秋岡君の次にでも」
「うん、いいよ」
「悪いね、星澤君」
「いや。じゃあまた、な」
星澤はその場を去り、球を捕ってもらえそうな人を探すことにした。
ほどなくして、ひとり声をかけてくる人物があった。
「えっと、星澤くん、かな?」
星澤は一瞬、冬森かと思った。声が似ていたのだ。しかし冬森がこんなすぐに来るはずがないとわかりつつ振り返ってみると、星澤は意表を突か
れてしまった。
そこに立っていたのは、冬森の兄のような人物だった。これまでに星澤が冬森に対して感じた印象というと、ほかの3人より少し背が低くて、顔立ち
や言葉遣い、立場が弱くなった時の物腰など、年齢からすれば子供っぽいところがある、というものなのだが、目の前の人物はその冬森を少し大人
にすればそうなるというくらい、似ているものがあった。
「ぼくは2年の森善(もりよし)。よろしく」
「あ、よろしくお願いします。星澤です」
兄弟じゃなかったのか、と思いながら、星澤は会釈して返す。
「きみはピッチャーだったよね。今日はあいてるから、よかったらきみの球を受けてみようと思うんだけど、どうかな」
「いいんですか? よろしくお願いします」
「うん。じゃあ、あっちでやろうか」
目的地へと向かいながら、お互いに必要な打ち合わせを始める。
「星澤くんの持ち球は何かな?」
「ストレートと高速スライダー、SFFです」
「わ、速い球ばっかりだね。これはちゃんとサイン決めないと……」
その後森善は、何度も慎重にサインの確認をしてきた。不安そうな森善に、捕手能力までは似てないか、と星澤は内心苦笑する。
ブルペンに着いて、投球練習を始める。捕球に不安がありそうだったため、星澤は初めはもちろん力を抑えての投球にしていた。
肩慣らしを終えて、星澤は森善に声をかける。注意を促さないと、さすがに危険だ。
「そろそろ、全力で投げますよ」
「え?」
星澤の予想どおり、森善は今までのが全力だと思っていたらしく、不意を突かれたように動きを止めてしまう。星澤は安全のため森善が今構えて
いる位置を狙って、全力で直球を投げ込んだ。
ボールはミットに収まったが、勢いに押されたのか、森善は尻をついてしまった。
時が止まったかのような沈黙が続いたのちに、ようやく森善は腕を動かし始める。
「す、すごい。何キロくらい出てたんだろう……」
返ってくるボールにも言葉にも、力がない。
「え、えっと、高速スライダーとSFFを投げるんだよね? 今のまっすぐの球速から考えると捕れないかも……」
「構えてる位置に投げますんで、そのように思っていてください」
「ごめんね。ちょっと想像以上だったから。そのとおりにさせてもらうよ」
失礼な申し出と取られる可能性もあったのだが、森善はそうは思っていないようなので、星澤は安心して投球練習を再開した。
その後何十球か投げたが、ストレートはともかく、変化球に対しては難儀していた。構えたところに投げるという前提ではあっても、変化球としては
速い高速スライダーやSFFが向かってくるとなると、森善はボールがそのまま変化せずに自分に当たってしまうと思ったのか、手がブレてボールを
落としてしまうことが多かった。
星澤は落胆しかけたが、すぐに自分の考えを訂正する。
(そうだよな。うまく捕れなくてもしょうがない。それをノーサインでいきなり、それもランダムに投げた球をすべて捕ってしまう冬森君がある意味おか
しいだけだ)
ひと区切りついたところで、森善が申し訳なさそうな顔をしながら星澤のそばへやってきた。
「ごめん、やっぱり結構落としちゃった。せっかく捕りやすいように投げてもらったのに……。でもすごいね。かなり実戦的だと思うし、監督の言うこと
もわかるよ」
「ありがとうございます」
「ちなみに、冬森くんは名捕手って聞くけど、彼にはもう投げた?」
「はい。結果も……きっと想像のとおりです」
「やっぱり、そうだよね」
噂をすると、冬森と秋岡がやってくる。
「ここにいたんだね。もう受けられるよ」
「そうか、ありがとう」
会話が切れたのを見計って、森善が会話の輪に入ってくる。
「秋岡くんと、冬森くんだね?」
「はい。先輩の方ですか?」
「うん。2年の森善っていうんだ」
ふたりは頭を下げて挨拶した。冬森は特別何も感じていないようだったが、森善を見た瞬間秋岡の表情に変化があったのを、星澤は見逃さなかっ
た。今も秋岡は、ふたりの顔を見比べている。星澤の考えていたことは、あながち間違いではなかったようだ。
「こちらもキリがついたんだけど、秋岡くん、よかったらきみの球を受けてもいいかい?」
「ぜ、是非、お願いします」
こうして星澤は冬森と、秋岡は森善との投球練習が始まった。
冬森は相変わらず星澤が自由気ままに投げる球をすべて捕っていたが、森善は秋岡の球を何度か落としていた。
自分のほうに集中していた星澤にわかったのは、秋岡の球はそんなに速くないということだけだった。
帰り道、今日は6人だ。マネージャーの沙癒が一緒である。
星澤は本来「彼女がいるなら」という理由からひとりで帰りたかったのだが、そんな理由を口に出すこともできず、彼女のいる前ではろくな言い訳も
考えられなかった。
何もしゃべらなくていいという雰囲気ではなかったので、星澤はなるべく簡単な話題を考えて、投げかける。
「常磐さん、4人がいた中学でもマネージャーだったんだ」
「うん。入部した中学1年の年は私たち全員が同じクラスだったから、それで仲よくなっちゃったの。ね?」
言いながら彼女は、4人のほうへそれぞれ、問いかけるように顔を向ける。そのたびに彼女の、見ただけでサラサラなのだとわかる、セミロングの
黒髪が揺れた。その髪の揺れは同時に、星澤の心をも揺さぶる。
話を振られた4人は、無表情のまま頷いた。その無表情たるゆえんが、本当に何も感じていないのか、感情をコントロールした結果なのかどうか
は星澤にはわからなかったが、後者なのならその技術がほしいと、星澤は思ってしまった。そのくらい、星澤は彼女の行動のひとつひとつを見るだ
けで、胸の中に感情が渦巻いているのを感じてしまっていた。
「沙癒の人気ぶりは相変わらずだったな。中学時代もだったけど、これからもそうなんだろうな」
「え? そ、そうかな……」
夏川の言葉に頬を赤らめた彼女を見て、星澤は自分の心拍数がさらに上がっていくのを感じる。自分の頬までが赤くなっていないかどうか、気が
気でならない状況だった。
「でも女の子人気なら、透くんたちも負けてないよね〜」
「う……」
人気という面でのお返しのつもりか、彼女が反撃に出る。それは、功を奏したようだった。
その後も5人は、笑いながら話を続ける。彼女は4人のことを名前で呼んでおり、逆の場合も全員共通で「沙癒」だった。5人の仲のよさを知るに
は、星澤にとって十分だった。
ちょっとした疎外感を感じはしたが、あるひとりの笑い声は星澤にとっていいものだったため、さほど気にならなかった。むしろ会話に参加していた
なら、ボロを出してしまっただろう。
しかしそう思っていられるのも、短いあいだだけだった。
「星澤くん」
「え! ……あ、ごめん。話しかけてた?」
沙癒に突然話しかけられたのだ。星澤は飛び上がりそうになってしまうのを抑えて、できるだけ普通に思われるように応対する。不満そうな顔をし
ていたために気を遣わせてしまったのか、あるいは自分でも気づかないうちに満足そうな顔をしていて、変に思われてしまったという可能性もあった
ため、星澤は内心余計に焦ってしまっていたのだが……。
「ううん、そうじゃなくて。ごめんね、私たちばかり話してて」
「いや……。それより、何か?」
自分の想像が取り越し苦労だったようなので、星澤は安心しながらも、冷静でいようとする努力だけは続ける。
「うん。そういえば、私たちってクラス一緒だな、って思って」
「え? そう、だったか?」
同じクラスの生徒の名前を憶える癖は、星澤にはついていなかった。憶える必要がなかったからだ。中学時代、星澤が名前か苗字で呼ぶ気にな
れたのは不良仲間ぐらいだった。
「3日目じゃまだわからないよね。でも、これからはクラスでもよろしくね」
当然、彼女が星澤の事情を知っているはずがない。そのため、会ってまだ何日も経っていないから仕方がないよね、と弁護してくれたようだった。
もちろん星澤に、過去を話す機会などなかった。しかし、環境が変わったにもかかわらず過去の都合を引きずり、クラスメートの名前を憶えようと
さえしなかったことに、星澤は苦しみを覚えた。
中学時代の悪い自分とは決別したと思っていたにもかかわらず、そうでない部分もあったということだ。それを気づかせてくれたお礼というわけで
はないが、星澤は近いうちに自分の過去を話すことと、もう1度自分を見つめ直すことを決めた。
そんなことを考えているあいだに、彼女は手を差し出していた。それに応えるのが少し怖かったが、いろいろな意味で自分の気持ちをなるべく悟ら
れぬようにして、星澤は彼女の手に自分の手を重ねた。この日の中でいちばん、自制心よ、もってくれ! と必死に願いながら。
「何かもう、星澤君は他人って気がしないな。もうオレたちのことは君なしでいいよ。な?」
秋岡の提案に、3人も頷いて了承の意を表す。
「じゃ、じゃあ、俺も同じで」
手を開放された星澤は、虚勢を張るように大きめの声で応えた。望みは薄いだろうが、友情の輪に入れたことを喜んでいると、彼らが取ってくれる
ことを願って。
「よし。じゃあ改めて、これからもよろしく!」
「ああ!」
それ以降、話の輪の中には星澤も入ることができていた。
すでに日は落ちて、街灯以外に星澤たちを照らすものはなかったが、夜とは思えないくらいにその場の雰囲気は明るく、暖かかった。
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ネオギャラクシー
2006年11月05日 22時56分
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第八話「一斉部会」 1週間経って金曜日。この日は一斉部会のある日だ。野球部はひとつの教室に集まって、話だけをして今日は終わるようだ。
星澤たち1年の6人が教室に入ると、すでに20人ほどの部員が集まっていた。
ひとり、ふたりと部員たちが顔を上げていくにつれ、点々としていた雑談が一気にひとつの話題――今来たばかりの星澤たちのことに集中する。
入部してから1週間が経っているのだが、いまだに星澤たちは「高みの存在」として扱われていた。ただそれは敬遠とは違っていて、触れるのにも
話すのにも緊張してしまってなかなか手が出せないという、まるで向こうが片想いをしているような状態だった。
普通に接することができていたのは、森善と、今星澤たちのもとへ向かってきている前高くらいだった。
前高が片手を上げる。
「おう、来たな」
「キャプテン、ちわっす」
先頭にいた夏川が、代表として挨拶した。
たとえ先頭にいなくても、夏川にはどことなくリーダーのような風格がある。積極的に口を開くほうではないが、男4人の中では1番大人びて見える
ので、ファンに当たる女性から見れば、クールに映っているかもしれない。
夏川が軽く頭を下げた拍子にひとりの人物の顔が見えたようで、前高は宝物を見つけたかのような顔をした。
「お、常磐さんも一緒か」
「沙癒も俺たちと同じ四和中でしたから」
言葉を発したのは、引き続き夏川。しかし星澤は、その言葉に何か会話に切り込むような勢いを感じていた。そして、そう感じたのはおかしいという
ことも。
声の調子はいつもと同じだったし、今表情を見てみても別段変わったところはない。それに、会話に切り込むというのも変な話だ。それまでの時点
では、前高と話していたのは夏川だけなのだから。
――と、ここでさらに気づいたことがあった。沙癒は、その四方を4人によって囲まれているのだ。適度な間隔はあいていて、彼女も窮屈そうでは
ないが、4人の立ち位置はボディガードのようでさえあった。6人の会話では、彼女が最も多く口を開くため、その中心にいることに利便性はあるの
だが……。
星澤と同じことを感じたかどうかは定かではないが、夏川の言葉に前高はわずかに顔色を変えていた。
「何だ、そうなのか。ハハハ、まいったね、こりゃ」
(『まいったね』? キャプテン、まさか――)
「まあいい。今日やること、知ってるよな?」
初めて聞いたときと同じ、親しみの感じられる声だった。表情も普段どおりのものに戻っている。
答えたのは冬森。
「はい。確か部員の自己紹介が恒例のことで、今回はさらに今後の部の活動方針も決めるんですよね」
「うんうん、さすが冬森だな。まあとりあえず言っておくと、1年が言うのはポジション、出身校、それとアピールポイントくらいだ。そうだ、常磐さんには
やってもらうことができるかもしれないから、そのときはよろしく頼むよ」
「はい。あ、前高先輩。後輩なんですから、『さん』はいりませんよ。『常磐』でも『沙癒』でもいいですから」
「はは、なんとなく君を呼び捨てにするのは忍びなくてね。気分を害したのなら、変えようか?」
「あ、いえ。呼びづらくないのなら、どのように呼んでいただいても結構ですよ」
「わかった。じゃあ君たち、その辺に座っててくれ」
近くのあいている席を示して、前高は元いたところに戻っていった。
思考を挟む間もない、テンポよく流れていく会話を理由のひとつとして、星澤は一連のことについて考えるのをやめてしまっていた。
彼女に対しては、考えをめぐらせても意味がないのだ。
手の届かない存在。高嶺の花とはまさにこのことだろう。ならば去年までの実力者たちと同様に、知らないほうがいい。たとえ彼女のほうから声を
かけてきたり、考えてもらえるようなことがあるのだとしても、逆はするべきではないのだ。
そう、彼女への気持ちが抑えられなくなってしまう。そんな日が来てしまわないように。
10分くらい経って、監督がやってきた。その間に室内の人数は30人ほどになっていた。
宮武が教壇に手をついた。一斉部会の始まりだろう。
「よし、じゃあ始めるぞ。まずは自己紹介からいこうか。えー、私だが、宮武祐(みやたけ ゆう)というこの部の監督だ。昔は目立つところのない野手
だったから、教えられることは少ないが、君たちが楽しむためならできる限り力を貸すから、よろしくな!」
自然と拍手が湧き起こった。形式的な意図を感じさせない、宮武を包み込むような音の波。それは、全員が宮武のことをよく思っていることの証
だった。
宮武は何もしていなければ、30を少し過ぎたくらいの、どこにでもいるようなただの社会人にしか見えないのだが、グラウンドの中では印象が違っ
ていた。話をする時や部員と向き合っている時などには、いまだにその体から若さがにじみ出てくるようでさえあって、接し方も、近所のお兄さんが
小学生に教えるかのように、真摯で、そしてお互いの距離を感じさせないものだった。
野球というスポーツが、彼には合っているのだろう。野球少年からすれば、あるいは理想の父親像かもしれない。
そんな一面を見ただけでなく、冬森に「この自由な野球部を創ったのも、宮武監督なんだよ」という事実をも聞かされていたから、さすがの星澤も
宮武に好感を抱かずにはいられなかった。
教室いっぱいの拍手に包まれて、宮武は少しはにかみながら、教壇を降りる。
「ありがとう。じゃあ3、2、1年の順でいくか。常磐さん、聴きながらでいいから軽い作業をしてもらっていいかい?」
「はい」
彼女は席を立ち、最前列の席に座った監督の隣に腰を下ろして、仕事の説明を受ける。
それが終わると、前高が立ち上がり、教壇の前に出る。
「この部のキャプテンをやってる前高隆人(りゅうと)だ。ポジションは一塁で、打撃が好きなんだが、実力は正直キャプテンとしては物足りないかも
しれない。だが野球を好きな気持ちは先週紹介された5人に負けるつもりはない。よって実力面では彼ら、気持ちの面では俺がこの部を引っ張って
いきたいと思う! 以上だ」
同じように拍手が起こる。前高も部員からの好感度は高いようだ。
前高が戻り、入れ替わりに前高の隣の席にいた人物が、前に出ていく。
「泉俊之(いずみ としゆき)です。投手で、一応ウチの部員からはエースって呼ばれてるけど、去年の秋は初戦負けだったからそれほどじゃあない
んだ。でもそれから新しい変化球に挑戦しているから、それでがんばっていきたい」
細身・おとなしそうな顔立ち・色白、といかにも気弱そうな外見とは裏腹に、芯が通っているようなしっかりした声だった。
この1週間で星澤は、泉と森善がバッテリーを組んでいることを知った。初めて森善に取ってもらった日以来、冬森が相手をできないときに星澤が
森善を探すと、彼のそばにはいつも泉がいたのだから……。
とは言っても、星澤は泉に対して悪い感情は持っていなかった。元々バッテリーが決まっているのなら、そこに割り込んだりするべきではない、と
思っているからだ。学年の差もある。冬森に関しては、ある程度あちらから声をかけてくれることもあるので、それに素直に甘えていた。
残りの自己紹介は比較的普通なものだった。ときどき反応が大きかったりしたが、星澤にとって気になりそうな人物は、前高と泉以外いなかった。
全部で12人の3年の紹介が終わり、続いて2年のが始まった。
「森善啓也(けいや)です。捕手で、泉先輩の球を捕っています。得意と言える分野は特にないけれど、走塁・守備が比較的好きなので、それに力を
入れたいと思っています」
相変わらず、冬森によく似た人物だ。目をつぶって声だけ聴いたら、今もまだ判別できないことだろう。
2年は8人だった。そして、1年。
「1年の春谷瞬です。四和中出身で、外野手をやっています。好きなのはヒットを打つことと走ることなので、いつも三塁打を狙っています。勉強が
厳しい分部活では楽しくやっていきたいと思ってますので、これからよろしくお願いします」
いっそう大きな拍手が送られた。やはり四和中の4人は特別扱いなのだろう。その特別扱いも、妬(ねた)みや嫉(そね)みといった感情は含まれて
いないのだから、見ていて、あるいは聴いていても悪い気はしない。
もっともそれは、星澤自身もほぼ同じ扱いを受けているからなのだろうが。
「夏川透、二塁手です。四和中出身で、中学時代は右にホームランを打つことを心がけていました。しかしそのために凡退することもよくあるので、
これからは状況の許す限り狙うようにしたいです」
心なしか、拍手のボリュームが春谷以上のような気がした。『流れ星』とホームランに名がついているくらいだから、あるいは4人の中でいちばん
人気なのかもしれない。
「秋岡仁、投手です。四和中出身です。三振を多く取れるような投手に憧れて軟投派投手になったんですが、狙い打ちされることが多いんで一発を
浴びることもしばしばです。なのでひとりでも多くの打者をかわせるよう努力していくつもりです」
手が痛くなってきた。周りに乗せられて強く叩きすぎていたのかもしれない。
秋岡が軟投派投手であることは、先週隣で投げているのを見たときから、だいたいわかっていたことだった。どのような球を投げるかは、いまだに
わかっていないのだが。
「冬森彰です。四和中出身で、捕手ですがとりあえずどこでも守ることができます。守備と走塁、それから情報収集が得意なので、この野球部の力
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